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さかもと音楽院は千葉県千葉市美浜区のピアノ教室です。

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コラム 井谷名誉教授の房総日記 Vol.3

2020年3月13日

「Robert の音楽室」

ここ、さかもと音楽院のスタジオ兼レッスン室から『Robert の音楽室』を配信することとなりました。ここは千葉市の幕張で、東京湾の潮風も感じられるとても気持ちの良い、素敵なロケーションです。そこからどうしてそんな企画を送信することになったかというと、、、まぁいろんな経緯はありましたが、かつて九州の大学で、もっと前にはドイツ、ミュールドルフの音楽学校などで国籍を超えて様々な、多くの学生さんや生徒さん達にピアノを指導して来た Robert 先生が、その音楽人生の後半で「ネット革命」なるものに遭遇し、大袈裟に言えば時空を超えて音楽の楽しさを伝えるツールに触れて、新しい可能性に目覚まされ思い至ったということがあります。番組でも紹介しましたが、「Robert(ドイツ風にローベルト.....と発音してください)」の名前の由来はもちろん、あの Robert Schumann(1810〜1856)です。10 代の学生時代に初めてシューマンやブラームスの音楽に触れ、言わばドイツロマン主義の洗脳を受けた私は、いつかドイツに渡って本場で勉強したいと、若さゆえに強烈に思い込んでしまうのです。その火付け役となった Robert 先生のご威光をお借りして、その世界の秘密を解き明かしたいと考えているところです。

音楽や芸術においては「表現」ということがひとつ大きなテーマになります。自分の感ずるところを多くの人に伝えるとか、個性を持ってとか。しかし、美術、芸術学の本を紐解くと、古来より、それは芸術の神アポロンの仕業を「ミーメーシス(模倣とか再表現とかといった意味のギリシャ語)」することにほかならないと気付かされます。そのための基本的な技術=テクネー τεχνη(techné=technique)とその修練を日常の行為として芸術 art を注視し、模倣し再生 renaissance するのです。音楽の神ムーサ Μοῦσα(musa=music の語源)も然りです。ショパンの音楽は古典を志向していた、というのは私がよく取り上げるテーマですが、その 24 の前奏曲や練習曲に端的に論拠を見出すことが出来ます。もちろんロマン派の音楽ではピアノという楽器の発達という科学的側面や、聴衆、コンサートの変遷といった音楽史的、音楽社会学的な側面も見逃せません。

さらに音楽においてはローカリゼーションということもとても大切で、とにかくこれは楽しい(fun)こと。局地性とか民族性とか。音楽は生きたものです。生身ですね。今獲ってきたもの、穫れ獲れ、採れ撮れです。prendre(仏:取る) 転じて apprendre (仏:学ぶ)、fangen(独:逃げようとするものを掴む)転じて empfangen(独:掴んだ状態を保つ=受け入れる)。だから言語、方言、言い方、語法が大変面白いのです。私はピアノ音楽の次くらいに、実はオペラが大好きで、国の内外で(、、、日本は高いので)、主にドイツ語圏で何百という上演に触れました。ワーグナーはともかく、ヨハン・シュトラウスのオペレッタはやはりドイツ語圏でしか見ません。もう一つ、人形浄瑠璃に魅せられた私は、大阪に行くと(戻ると?)時間が合えば芝居小屋(今は国立文楽劇場)を覗きます。これって大阪語?さらに今はドイツ語の次に、ん十の手習いでフランス語に再挑戦しています。イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、最終はラテン語とギリシャ語もと思いますが、まぁ時間切れでしょうか?ドビュッシーは稀代の皮肉屋ですから『音楽に説明は不要だ。言葉が多すぎる。』と彼が言ったことを言葉通りに受け止めてはいけません。あれほど分析的で多弁な音楽もないと思います。言語に根ざさない音楽はあまり聴く価値がないとさえ思っています。ピアノは絶対音楽ですが、その音楽の背景に脈々と言語世界を感じるのです。
自身も奇想天外な Novelle を書いたといわれる Robert Schumann 先生に音と言葉で音楽を語ってもらいましょう。ちょっとおしゃべりが過ぎましたね。
Silencium シレンツィウム (ラテン語:静粛に), Fanget an! さぁ、始まります。(ワーグナー /楽劇「ニュールンベルクのマイスタージンガー 第 1 幕より」

 

活水女子大学名誉教授 井谷俊二