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さかもと音楽院は千葉県千葉市美浜区のピアノ教室です。

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コラム 井谷名誉教授の房総日記 Vol.2

2019年11月11日

「令和のハプスブルク展」

 

令和への代替わりで、日本の祝祭ムードもたけなわですが、今年は日本・オーストリア修好150年ということで、目下都内でハプスブルク展が開催されていて出かけてきました。先のクリムト展、世紀末ウィーン・グラフィック展なども友好150年の一環だったわけです。150年前ということは1869年、明治2年。オーストリアはブラームスやヨハン・シュトラウスの円熟期、世紀末芸術が花開く前夜、まさにフランツ・ヨーゼフ1世治世の、ハプスブルク家最後の輝きを放っていた頃です。

展覧会ではハプスブルク家の代々の主君の大小の肖像画が展示されていました。あの青緑のドレスにふくよかな身を包んだ女帝マリア・テレジアと、深紅の軍服の息子ヨーゼフ2世の大肖像画も仲良く並んでいました。いくつかはウィーンのkunsthistorisches Museum(美術史美術館)で目にしたものもありましたが、こうやって、はるばる日本で一堂に集められると、このころの文化、芸術における中欧の潮流のダイナミックさに圧倒されます。

バロックから古典派に移る18世紀の半ばは、まさに600年にわたる長いハプスブルク家の治世の時代の転換期に位置し、音楽史の上でも時代と様式の大きな変化が、文字通り“疾風怒濤 Sturm und Drang”の如く押し寄せた時代です。産業革命、アメリカの独立運動、絶対王政から市民革命などへの歴史的転換は、ひとつ音楽様式をも大きく変化させます。ハプスブルク家に代表されるような王権の多国籍化は、音楽と音楽家のボーダーレス化、国際化を後押しし、バロック時代までの国、地域の様式(シュティル)とその個性は、ロココの艶美主義、中北部ドイツの多感主義を経て、「音楽はヨーロッパの共通言語である」という普遍性、洗練性へと導きます。音楽の市民層への浸透と民衆化にともない、教会や宮廷の閉ざされた空間での機会音楽の技巧を凝らした様式から、中産階級市民が主体となって運営されるコンサート会場において、音楽は絶対音楽へと平明化、明晰化、標準化、民衆化へと様式が変化していくのです。鍵盤楽器のテリトリーでは、通奏低音(チェンバロ)から市民の消費音楽(ピアノ音楽の台頭など)への変化と言えるかもしれません。

ハプスブルク家のヨーゼフ2世や、対抗するプロイセンのフリードリヒ2世(大王)らの名だたる啓蒙君主は、国力の増強を図って民力の向上のために競って啓蒙運動——教育の平等化、宗教の分断化の排除など——を推し進めます。戴冠セレモニー、宮廷劇場に加えて公開演奏会(コンセール・スピリチュエル)、そして民衆の芝居小屋が同じ一人の天才作曲家(もちろんモーツァルトのこと)の仕事と活躍の場となった歴史的事実を私たちは知っています。ウィーン古典派の様式はまさにその汎ヨーロッパ的なハプスブルク家の庇護の下に確立し、今日に至る普遍性と永続性を獲得していったことを思い知らされた令和初年の展覧会でした。

 

活水女子大学名誉教授 井谷俊二